2012年4月28日土曜日

パンタナールの生きものたち:ショートエッセイ集


 
ズグロハゲコウ

パンタナールを代表する鳥はといえば、その存在感から言って筆頭はズグロハゲコウだろう。その大きさ、集団美、大空を舞う優美さ、至近距離から接した時の少しばかりグロテスクな趣き。この巨大な鳥に初めて出会った人はもちろん、長年見慣れた人にとっても迫力十分だ。

湿原にじっとたたずむ姿はエキゾチックだが、大きく真っ白な翼を拡げて悠然と飛ぶ時、その持てる最大の美を発揮する。時折見せる、数十羽が上昇気流に乗って螺旋を描きながら、数百メートルの高さで繰り広げる円舞は、天女の舞を想わせる。あまりに高すぎて、手許のカメラでは、白い点々にしか写らない。

パンタナールの純粋に真っ青な天空を旋回する、この優雅な白い鳥たちは、古典バレエのグランドフィナーレにはるかに優る。餌を採るためでなく、求愛のためでもなく、何のために舞うのか? 雄大で、伸びやかで、少なくとも、悲しみの情景ではない。

豊水季から渇水季への移り目、干上がりつつある水溜りに取り残される魚たちを目当てに、無数の水鳥たちが飛来する。その中で、ズグロハゲコウは大きな魚を巧みに捕らえ、真っ赤な喉に放り込む。豊かな生命を育むパンタナールの、食物連鎖のほぼ頂点集団に君臨するこの鳥を、人が食べるという話は聞いたことがない。

コウノトリ目 コウノトリ科
ズグロハゲコウ

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カイマン

パンタナールを代表する爬虫類は、文句なしにカイマンというワニだ。地元では、「ジャカレ」と呼ぶ。良く見かけるものは、体長2メートル前後の個体だが、中には3メートルを越す巨漢もいる。

こういう連中が群れを成して川や湖沼のほとりで甲羅干しをしている光景に初めて出くわす時、都会人の中に眠っていた野生が一挙に目覚める。そして興奮し、陶酔に至るかもしれない。爬虫類の嫌いな人は、そんなところには出かけはしない。

体は大きいが、性質は比較的おとなしく、人が近づくと急いで水中に潜ってしまう。その時立てる轟音は、ドシャン、バシャン、と遠方にまで響き渡る。彼らに接近したかったら、なるべくゆっくり、、静かにアプローチするのが良い。ワニが身の危険を感じない限り、まず人を襲うことはない。石などぶつけないで欲しい。

川岸で釣りをしているとカイマンが近づいてくることがしばしばある。水中をいつの間にか忍者のように静かに接近し、近くに来ると目だけを出してこちらを見ている。まさか釣れた魚を横取りする気はないだろうが、いらない魚を投げてやると、敏捷な動きで走ってくわえる。陸上でも足はかなり速い。ワニに近づかれたくなければ、釣竿を水平にして持つと良い。立てると遠くのワニにも見えてしまう。

カイマンは鳴く。ワオー、ともグァオーともつかぬドスの利いた濁声で、体を弓なりにして猛獣のように吼える。あたかも天に向かって祈るような威厳さえ感じることがある。カイマンこそパンタナール水軍の王者だろう。成熟したカイマンの天敵は人間だけだ。

巣は、枯れ草を多く含んだ土で覆われているが、撮影のために覆いをどけた。もちろん、このままでは卵が野鳥や野獣の餌食になってしまうので、元の状態に戻した。

ワニ目 アリゲーター科
パラグアイカイマン

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ハチドリ

ハチドリは、握り寿司のように小さく、可愛らしい小鳥である。南北米の熱帯から亜熱帯にかけて、広く分布し、花の咲かない季節のない地域では、ほとんどどこでも容易に見られる。

ハチドリたちは、良く知られるように、花の蜜を吸う時、蝶や蜂のように花に止まらず、空中でホバリングする。しかし人が接近するとサッと飛んで逃げるので、撮影にはカメラを遠隔操作することが多い。ネット上にも多くの美しい写真が公開されている。しかし、当たり前だが、ハチドリも休憩するときは、木の小枝などに止まる。背に風を受けると、羽毛がもこもこに逆立って、別種の鳥のように見える。

ハチドリは、スニッチのように飛ぶ。スニッチとは、映画ハリーポッターの中で、クィディッチという空中ホッケーのような競技に使われる白い球である。箱から取り出すと、翼を伸ばし、セミのように高速で羽ばたきながら空中を敏捷に飛び回る。木の葉や小枝にハチドリの羽が触れると、その震える音でハチドリが近くにいることが分る。飛ぶ時は、目で追うのがやっとの速さで、変化球のようにあちこちに方向転換しながら樹木などの障害物の間を縫って飛ぶことができる。ホバリングが得意なので、空中で鋭角の進路変更すら見せることがある。

ある朝、窓の下で地面ににうずくまっている一羽のハチドリを見つけた。夜間、窓ガラスに高速で衝突したのであろう。ここがコウモリと異なる。腰をかがめ、ハチドリに手を差し伸べると、よちよちと私の掌に上って来た。普通、野鳥が人の手に自ら入ることはない。どうも目が見えないようだ。見れば、目を細くしている。おそらく手の暖かさを感じて来たのだろう。この地方も冬季の早朝は冷え込む。

私は、飛べない野鳥は、暗い箱の中に入れてやることにしている。半日ほどおとなしくしていれば、体が回復し、陽射しのある午後に放てば勢い良く飛んでゆくのが普通だ。私はいつものように、飛べなくなったハチドリを箱に入れ、昼になってから取り出した。両眼は相変わらず細くしているが、いく分元気になったのか、私の手の上で、翼を拡げて羽ばたこうとする。首をもたげて羽ばたくのだが、何故か飛び立たない。体力が足りないのか。がんばれ、がんばれ、と声援を送るが、どうも動きが弱弱しい。と、ある瞬間パッと飛び立った。私の前で、直径5メートルほどの円を描きながら水平飛行し、1周だけして私のわき腹にセミのように止まった。そうだ、その調子だ、しっかり飛んで行け!

しばらく私はそのままの姿勢で、じっとこの小さな生き物を見守っていた。しかし、ハチドリは、ぽとりと地面に落ちてしまった。力尽きたのだろうか。もう完全にぐったりしている。その後1時間ほどして、この美しく小さな生き物は息を引き取った。

ハチドリ目 ハチドリ科
アオムネヒメエメラルドハチドリ

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ドラード 黄金の猛魚、ドラードは捕獲禁止に

パンタナールの魚の王者は、ドラードだ。誰が決めたというわけでもないが、その名声は不動のものと言ってよい。金色に輝く美しい魚体。凶暴なピラニアをも圧倒する勇猛ぶり。釣り師と繰り広げる壮烈な闘い。そして魚肉の美味。どれをとってもファーストクラスの魚として、評価は定まっている。

ドラードは、パラグアイ川、パラナ川などとその支流に棲む。繁殖期に近づいた雄と雌は、生まれ故郷の静かな流れに帰り、稚魚の餌となるピラプタンガなどと共に産卵する。孵化した稚魚は、同じ頃孵化するピラプタンガなどの稚魚を食べることになる。そして成長しながら大河に戻り、生涯を肉食で生きる、フィッシュイーターである。

ドラードの成魚は、尾びれの下方が食いちぎられていることが多い。パンタナールには他にもピラニアを筆頭に肉食魚が数多く棲む。王者ドラードといえども、危険な青少年時代を、水中のジャングルの掟の中で勝ち抜いてきた個体は、選ばれた者と言える。釣り師のハリに掛かっても、おいそれと捕まったりはしない。ローリングとジャンプでハリを外そうとする。ドラードの口は硬く、ハリが口に引っかかっているだけなら、釣り糸を弛ませ、首を振ってハリを外してしまう。逃がしたドラードは、大きく、美しい。その悔しさを胸に、釣り師はいっそうの闘志をかき立てられる。

2008年11月に始まった禁漁期から、向こう5年間、ドラードは捕獲禁止となった。減少した個体数を回復するためだ。店頭を賑わしていたドラードは、市場から姿を消した。近年、川幅いっぱいもあろうかと言う巨大な網が使われるようになったが、いかに闘魂豊かなドラードといえども、プロの漁師の大網にはかなわない。観光資源としてのドラード釣りを当面犠牲にしても、もしドラードの個体数が順調に増加すれば、また南米釣り観光の魅力も確保されるだろう。それまで釣り人たちは、スルビやパクー、ピラニアなどを釣って楽しめる。

カラシン目 カラシン科
ドラード、またはドラド

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アルマジロ

アルマジロの肉はたいそう美味しいらしい。食べたことはないが、地元民たちは、先住民、移民子孫とを問わず、見つけると目の色を変えて追いかける。さほどに足が速くはないので、どこかのコーナーに追い詰めるか、数人で取り囲んで捕らえる。体を丸めて身を守る種類もあるが、人間には効果がない。地面に穴を掘って潜るものもいる。前足はモグラのように土を掘るのに適した固さと構造を持つ。固いパンタナールの土にもぐりこむ速さも大したものだ。それでも人間が穴を掘って追えば、後戻りのできないアルマジロは袋のネズミである。どんなことをしてでも捕らえて食べたいのがアルマジロなのだそうだ。もちろんワシントン条約によって保護されているので、外国に持ち出すことはできない。

肉は煮ても焼いても美味しいとのこと。食べガラの甲羅は、きれいに洗って、軒先で乾かす。で、どう使うかというと、どうするわけでもないようだ。記念に飾っておくだけのことが普通である。この甲羅はニスを塗れば装飾品になるかもしれない。しかしやがて強い陽射しと風雨に曝されて、いつしかなくなってしまう。生きていてこそいつまでも美しいのである。

被甲目 アルマジロ科
ムツオビアルマジロ

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クロハラトキ

ニワトリのように、いつでも身近に見られるクロハラトキの体形と体格は、佐渡のトキ Nipponia nippon とほぼ同じである。夫婦仲が良く、1羽を見つければ、その近くにもう1羽がいる。オスとメスの区別はできない。自然の中では警戒心が強く、接近して撮影することができなかったが、人家の近くに棲む群れは次第に人を恐れなくなり、容易に撮影できる。食べれば鶏肉のような味がするそうだが、一度捕らえれば、以後人から遠ざかることになるだろう。


ここで、iは、植物の学術名を見つけることができますか?

夜間、街路灯の光におびただしい数の虫が集まり、電柱の周辺に落ちる。早朝の暗いうちからクロハラトキやカラカラなどがやってきてたらふく食べる。夜盲症のことを「鳥目」とも言うが、まだ真っ暗なうちから多くの鳥が早起きをして夢中になって食べている。ありがたくも鳥たちは、庭の掃除屋さんでもある。ただし夕方は暗くなる前にねぐらに帰る。体つきの大きなクロハラトキは、東雲から薄暮に至るまで虫の豊富な庭で過ごすので、準ニワトリと言えるかもしれない。


洗面所に水を飲みに来たクロハラトキの夫婦

クロハラトキたちが、近年、狭い電柱の頂に止まることを覚えた。約10cm四方の頂である。1羽がやっと止まれる狭い場所なのに、2羽が窮屈にもぴったり寄り添って止まる。目白押しというが、鳥の翼は圧縮が効くようだ。だが心配がある。感電である。小鳥たちが電線に止まるのは構わない。膨大な数のツバメが電線にびっしりと止まって、電線の一部が撓み、短絡事故に至ったことが一度だけあるが、小鳥たちにとって、感電の心配は全くない。1本の電線に触れるだけなら電流は流れないからである。トキのような大きな鳥が翼を拡げると、二本の電線もしくは電線と電柱とに同時に接触する危険がある。

ある朝のこと、4羽のクロハラトキの群れのうち、電柱に止まった一羽のトキが墜落した。パン!と何かが弾けるような大きな音がしたので目をやると、先ほどまで柱上変圧器に止まっていたトキが、草むらの中で痙攣している。この変圧器は、13200ボルトの高圧を220ボルトに降圧するもので、鮮やかなオレンジ色に塗られている。人が万一触れたら、即死する危険設備だ。これはどうもトキが変圧器の高圧側に翼を接触させたらしい。落ちたトキは片方の翼を上に伸ばし、ぶるぶると震えている。近くにいた残りの3羽がケエー、ケエーとけたたましく叫びながら飛んできた。感電したトキは立つことができない。でも一命は取り留めたようだ。3羽は心配そうに倒れたトキにぴったり寄り添って見守っている。

30分ほどが経過し、落ちたトキがどうにか立ち始めた。しかし歩くことはできない。元気な3羽は、立ったトキを見て安心したのか、再び虫を食べに歩き始めた。私たちもほっとして立ち去った。

その後、この4羽は一緒に飛んでは来るものの、その1羽はびっこをひいている。歩くのが困難な様子だ。足に後遺症が残ってしまったらしい。しかし、多少のハンディは有っても、食べ物の豊富なパンタナールでは、何とか生きていくことだろう。生きていって欲しい。脚の一本が折れたタゲリが、もう幾年も庭先で餌を採っている。見ると痛々しい歩き方をするが、折れた脚を足のように使って、地上の虫を追っている。感電事故にあったトキも、野生の適応力で、たくましく生きてゆくことだろう。鳥たちは学習能力がかなり高い。あの危険な変圧器には二度と近寄らないよう願う。

コウノトリ目 トキ科
クロハラトキ

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カピバラ

地球上で最大のげっ歯類。一名ミズブタ(water hog)とも呼ばれる。当地ではカルピンチョと呼ぶが、カピンチョと呼ぶ地域もあるそうだ。体全体が丸々とした感じがあり、特にお尻が大きいので、後姿はブタと似ていなくもない。しかし顔つきはネズミやウサギの仲間で、ひょうきん者に見え。体つきがもっと小さかったらペットとして人気を博しそうだ。近年、日本の動物園でも見られるようになり、キャラクターまで登場した。

カピバラは本流や支流の岸辺に群れで生活する。カピバラが生息していることは、目撃情報のほか、三本指の足跡、大きな甘納豆のような糞で分る。時として畑の野菜を食いに来ることもあると聞くが、生命の豊かなパンタナールでは、わざわざ人里に入る必要はない。

カピバラは、食用としてしばしば人間に狩られる。ミラネーサと呼ばれる薄いカツフライをご馳走してもらったことがあるが、空腹時だったせいもあって美味しかった。舌の肥えた日本のグルメ人には、特別に美味でもなければ不味くもないだろうと思われる。ただ、肉を解体する現場を見たら、可哀そうと思ってしまうかもしれない。ほとんどの日本人にとって、カピバラを身近に見た印象は、「あら、美味しそう!」ではなく、『あら、可愛い!」だろう。

カピバラの天敵は、水中のワニと、陸上のジャガーやピューマである。ワニには絶えず注意を払い、近づかないようにする。ジャガーなどに襲われそうになったら、得意の潜水で水中に逃げる。しかし、ジャガーにも生活がある。野生のハンターたちはカピバラを目当てに、水辺に忍び寄る。これといった武器を持たないカピバラは、聞き耳を立てているが、百戦錬磨の猛獣は狙いを定めて一気に襲いかかる。

うまく水中に逃げられなかったカピバラは、逃げ場を失うと猛獣に反撃すると聞いた。窮鼠猫を咬むという。見たことはないが、カピバラという巨大なネズミが、ジャガーという巨大な猫に、捨て身のアタックをするシーンは見ものだろう。思わず「カルピンチョ、頑張れ!」と叫んでしまうかも知れない。

齧歯目 カピバラ科
カピバラ

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セミ大小2種

大セミ

大セミというのは、もちろん正式な種名ではない。和名が分らないので、私が勝手に、ここでだけ使う名である。

このセミは、とにかく大きい。初めて出会ったときは、コンクリート電柱に止まっていた。体が黒っぽく大型なので、目を引いた。クマゼミの大親分かと思った。この1匹と出会ってそのイメージを掴んでから、木に止まっている大セミを容易に見つけることができるようになった。

鳴き声も大きい。ポ、ポ、ポ、ポポポ――――――――――――――ポ、ポ、ポ、と遠くで誰かが笛を吹くような音色だが、抑揚はほとんどなく、虫の音か、機械音か、始めは分らなかった。鳴くのは夕方か早朝で、ややヒグラシの音色を想わせる。ある晩、至近距離でこのセミが鳴くのを聞いて、姿を確認し、「笛」の主を特定できた。それまで、地元民に「これは何の音?」と幾度もたずねたが、「セミ」とか「虫」と答えた人はいなかった。セミに限らず、虫の声に意外と無関心な人々ばかりのようだ。

雄は雌と比べ、腹が長く大きい。体長60mmで、翅を含めると74mmになる。共鳴箱は大きいほど良く響くのだろう。日が沈み、夕闇が迫って来ると、まずどこかで1匹が鳴き出す。すると誘われたかのように、あるいは競争するかのように何匹かが次から次へと鳴き出し、あたりは「笛の音」だらけになる。人の影と物音にはきわめて敏感で、普通に歩いて近づいたのではすぐに鳴き止み、パッとどこかへ飛び去ってしまう。しかし日本でするように、長い竿の先に捕虫網をつければ、簡単に捕ることができる。

大セミの他に、バッタ、蝶、蛾、タガメ、カエル、クモなど、びっくりするほど大きい種が、パンタナールにはわんさといる。大物好きには魅力いっぱいの地だ。

カメムシ目 セミ科
学名:Quesada gigas

ミニチュアセミ

これも、便宜上私が勝手に付けた名である。和名、学名、英名とも判らない。判る方は教えて欲しい。声も知らないが、捕らえると、チーチーと細い声で鳴く。体長14mm、翅を入れて24mm。

このセミは、とにかく小さい。木に止まっていても、目の利く人でなくては容易には見つけられないだろう。明け方、廊下の照明の下にいることがよくあるので、夜行性かも知れない。あるいは、日本のアブラゼミのように、昼も夜もなく活動しているのかも知れない。廊下をホウキで掃くと、ゴミの中にこの小さなセミが混じっていたりする。

このミニチュアセミを掌に乗せたら、指に向かって歩いた。指を立てたら、指先まで登って、チクッと指を刺した。腹が空いていたのかもしれない、とその時は思った。その後別のミニチュアセミで何度も同じことを経験し、これは本能だと思うようになった。セミが口ばしを小枝に刺して樹液を吸うのを見たことがなかったが、このセミを自分の指に止まらせることによって、まじまじと観察することができた。

指の先端まで登ると、しきりに口ばしを皮膚に立てようとする。なかなか刺さらないが、かなりチクチクと痛い。皮膚に穴が開くまで続けるのかもしれないが、血を吸われるのはいやだし、逆に何かを注入されたら危険かもしれないので、ここまでとした。

カメムシ目 セミ科
学名:?

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ピラニア

パンタナールやアマゾンに数多く生息し、世界中に凶暴さで悪名高いのがこのピラニア。知名度では、あの黄金のドラードも歯が立たない。スペイン語とポルトガル語では、ピラーニャと言う。極めて釣り易い魚なので、パンタナールを訪問したら、一度は釣って見られることをお勧めする。帰国してから格好の土産話になるから。

一口にピラニアと言ってもブラック、レッド、イエロー、シルバーなど、いくつかの種がある。しかし、ピラニアと呼ばれる魚は、まちがいなくカミソリのように鋭い歯を持っている。上下の顎に鋭利な三角形が横一列にびっしりと並んでいる様をよく見て欲しい。そうすれば、間違っても余興半分に指をピラニアの口に入れる気になどならないだろう。木の小枝など、音もなくスパッと切断する。死んでも噛み付くという話も聞く。確かに筋肉に刺激を与えると解体後でも動くことがある。調理も慎重に行うに越したことはない。

食べるには、焼く、揚げる、スープのダシにする、刺身、など何でもいける。あまり特徴のない味だから、要は調理法次第である。スープは精力がつくと言われるが、味の評価は一定しない。好きな人には美味いのである。精力が目的なら、胆嚢がベストとも聞く。解体した時に小さな青か緑の豆のようなものが見つかるはずだ。まだ試したことがないので効果のほどは分らない。刺身は、寄生虫に注意すること。薄切りにすれば、簡単に取り除ける。

釣るには、小魚や肉片を餌にする。動物性の餌なら何でも良い。川にはピラニアの濃い場所と薄い場所とがある。ピラニア釣りの適所は、誰に尋ねても惜しげなく教えてくれる。ドラード、スルビ、パクーなどではこうは行かない。魚信があったら、竿を使って合わせる必要があるのは釣りの基本どおりだが、釣りたくもないピラニアが勝手に釣れてしまって困るほどだから、さほど難しくはない。パンタナールでの釣り入門にもってこいの魚だ。ハリに掛かるとピラニアはガク、ガクンと猛烈に引く。思わず嬉しくなるところだ。でも引くばかりなので、ハリが外れることはまずない。


"ヒトゲノムプロジェクトの結果は何ですか? "

釣れたら、ハリを外す時が最も慎重を要する。初めてのときは、ピラニアの体を片足でしっかり踏みつけて外しても良い。普通は、ハリスごと持ち上げて宙ぶらりんにして、左右の鰓(えら)に指を入れてしっかり掴む。宙ぶらりんのピラニアは、なぜかおとなしいのだ。とはいえ、現場では経験者に実践指導を受けることをお勧めする。百聞は一見に如かずだから。私は外しやすいように長軸のハリを使うが、短いハリでもラジオペンチがあると大いに役立つ。大物が釣れたら、ハリを外す前に写真を撮っておこう。

パンタナールでよく釣れるピラニアは、主に2種類ある。頭部がずんぐりして体も大きい Pygocentrus ternetzi は、パワーがあり、手ごたえも十分だ。姿もタイに似ているが、食べても美味しい。口が突き出し、陰険な顔つきをしている Serrasalmus gouldingi は、味もやや劣るので台所ではあまり歓迎されない。しかし剥製またはミイラ化してニスを塗ったものがお土産として売られている。怖そうな顔つきに、歯を剥き出させて、凶暴なムードに仕上げている。

カラシン目カラシン科
学名:Pygocentrus ternetzi(ずんぐりタイプ)

カラシン目カラシン科
学名:Serrasalmus gouldingi(突き出しタイプ)

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イエスズメ

イエスズメは、日本のスズメよりやや大きい。倉庫、畜舎、家屋などに好んで住む。パンタナールの野鳥が屋根裏や軒先に巣を営む、もしくは夜のねぐらとするのは、イエスズメの他、ツバメ類とイエミソサザイが主なところだ。上の写真は、倉庫に入ろうとしてガラス窓に衝突したイエスズメのメスである。しばらく軒下で休んでいたが、元気に飛んでいった。

野鳥が人家に住んだ場合に困るのは、糞である。子供の頃聞いた話では、昔々、神様はスズメに人と同じ家に住み、同じ米を食べることを許されたとか。しかし神様がスズメに人と同じ便所を使うようにと言い忘れたらしい。

糞対策だが、数羽のツバメが落とす糞には、受け板を取り付けるのが簡単。数十羽のスズメの糞を受けるには、受け板も大掛かりになる。そこで現実的なのは出入り口に金網を張ることである。特に通風孔は丁寧に網を張る。そして、夜になって鳥が入っていないことを点検するのだが、どのようにしてか、イエスズメたちがいつもどおり屋内にいるとがっかりする。彼らは見かけ以上に細身で、ごく小さな隙間からも出入りできるのだ。そして翌日、小さな隙間をしらみつぶしに探してふさぐ。これを何回か繰り返せば、スズメたちは入らなくなる。他に、屋内のスズメに物をぶつけるなどして脅すという手も効果があるらしい。

イエスズメの装いは、パンタナールの他の小鳥たちの中では、やや地味な印象を受ける。また、オスとメスとで少し風合いがことなる。ある日のこと、果樹園を囲うワイヤーの上で、一羽のオスと一羽のメスとが仲よさそうにデートみたいなことをしていた。そこへ、別のオスが割り込んできた。するとメスがその侵入者を追い払おうと、激しいもみ合いになった(上の写真)。ふだんおとなしそうなイエスズメだが、けたたましい声を上げてケンカをする。やがてメスが勝って、侵入者は退散。始めにいたオス(下の写真、右)とメスとがまた仲良くしている。

普通はメスをめぐってオスとオスとが闘うものである。イエスズメは、嬶(かかあ)天下なのかな?もっと観察したいところだが、日中は他の野鳥たちの数が圧倒し、イエスズメの姿はほとんど見えない。イエスズメをしっかり見ることができるのは夜間、みんな仲良く休んでいる時だけである。

スズメ目 スズメ科
イエスズメ

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緑のインコたち


オキナインコ

パンタナールに緑色のインコが無数にいる。声は必ずしも美しいとは言えないが、姿が愛らしく、幼鳥を捕らえてペットとして育てる人も多い。都市でも売られている。しかしパンタナールで農業を営むと、このたくましい緑の野鳥による食害に悩まされることになる。

緑色のインコで代表的なのは、オキナインコ、クロガミインコ、キカタインコ、アオボウシインコ、などである。彼らは頑丈なくちばしを器用に使って、ヒマワリ、イネ、ソルゴ、ジャトロファ、ほかあらゆる穀物や果実を旺盛に食べまくる。作物を初めて栽培する時はインコたちも様子を見ていることが多いが、2期目からは食べにかかる。1羽が食べて大丈夫となると、次から次へと後に続く者が現れる。するとインコたちは、たちまち人口爆発を起こし、毎朝通勤ラッシュさながらに、農場や果樹園に向かって飛来するようになる。学習能力も高く、オドシ、網、袋がけなど、たちまち破られてしまう。

ところで、全身真っ黒のチョピという小鳥がいる。緑のインコとは対照的に、透き通るように美しい声で、メロディアスな歌をうたう。チョピたちは数十羽ないしは数百羽、時に数千羽が、飛ぶ様は、文字通り黒い風雲のようである。しかしチョピのくちばしは小さく細く、したがって皮の固いものは敬遠するようだ。食害が見られるのは主にイネのような穀物である。他方、インコたちはその万能とも言えるくちばしで、硬い皮をむき、網は食い破り、袋には穴を開けて種子や果実を貪りまくる。

野鳥による食害を克服するには、鳥たちが食べきれないほど多く栽培すればよいとは、よく言われる。理屈の上ではその通りである。しかしパンタナールは広い。そしてその森はアマゾンのようには豊かではなく、鳥たちは餌探しに飛び回らねばならない。そこに突然、人間の手によって食物の豊富な農場が出現すれば、天降った楽園のようなものである。広大な地域からその楽園に鳥たちが大集合し、栄養を摂り、繁殖する。それでも有り余る収穫が可能な規模で作付けするか、ワタ、サトウキビ、根菜類など、鳥の食べない作物を栽培するしかないのだ。

パンタナールは、野鳥とバードウォッチャーたちにとっては楽園である。しかしそこで人間が生活するのは決して容易ではない。

オウム目 オウム科 (Sibley)
オキナインコ、クロガミインコ、キカタインコ

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コウカンチョウ

赤い頭、『紅冠(こうかん)』を持つ小鳥。英名のカーディナルの方が通じやすい。アルト・パラグアイ地域で、日常的に目にする、最もありふれた小鳥の一つである。日本におけるスズメのような位置にあると言えるだろう。ただし、人家の軒下に巣を営むのを見たことはない。

見ると、コウカンチョウに2種類があることにすぐ気付く。後頭部に冠が伸びているのが「コウカンチョウ」(下の写真)、頭が丸く、くちばしと足が黄色いのが「キバシコウカンチョウ」だ。さらに良く見ていると、両種とも頭部が茶色の同型がいる。これらは幼鳥である。

親鳥とほぼ同じ大きさに育った幼鳥が、親について回りながら餌をもらっている光景が普通に見られる。餌はあたりにいくらでもあるのに、親鳥は餌を拾っては子の口に入れてやる。見れば見るほど甘ったるい親子鳥だ。

残飯を皿に盛って軒先に置くと、どこかにいるいずれかのコウカンチョウが目ざとく見つけて舞い降りる。 一羽がご馳走にありつく間もなく、たちまち両種コウカンチョウたちが群がり、押し合いへしあいで食べる。皿の縁も皿の中もコウカンチョウだらけで大騒ぎになる。どうも日本のスズメよりも食べ物に貪欲な印象を受ける。

どちらのコウカンチョウも捕らえるのは簡単だ。餌と篩(ふるい)と短い棒と長い紐。これらを使った古典的で単純な方法により、いとも容易に捕まる。もちろん、これは遊びだから、すぐに逃がしてやる。捕まっても逃がしてもらえることを覚えたのか、軒先は相変わらず両種コウカンチョウたちで賑やかである。

自動車のサイドミラーはお気に入りの場所である。鏡の中の鳥を相手に遊ぶのだ。飽きずに毎日やって来る。

キバシコウカンチョウは、しばしば屋内に飛び込んでくる。ガラス窓の外から室内を覗いていることもある。糞さえしなければ入室を歓迎するのだが、台所にまで入られては困るので追い出している。

ある午後のこと、一羽のキバシコウカンチョウがひらひらと倉庫に入って来た。弱っているようで可哀そうだったし、倉庫なので黙認した。翌朝、この小鳥は冷たくなっていたが、何だか赤の他人ではないような気がして、土に埋めてやった。

スズメ目 アトリ科
コウカンチョウ、キバシコウカンチョウ

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シロキツツキ

白を基調としたキツツキは、パンタナールに来て初めて見た。庭先にもしばしばやって来て、アセロラの完熟果を啄ばんでいる。キツツキらしく垂直の幹にも止まることができる。他のキツツキのように、ココココココココと木をつつくのは、まだ見たことがない。

赤や黒を基調としたキツツキは、人家から離れたところで木をつついているのが聞こえる。彼らが庭先に来ることは珍しいが、人間が危険でないと知れば少しずつ接近して来るかもしれない。野生の獣や鳥は、一度でも驚かせたりしたら、信頼の回復には年月を要するだろう。

野鳥が人家の近くにやって来るのは、どんな場合だろうか? パンタナールで今まで見てきた限りでは、次のケースが考えられる。いずれも私の仮説である。

(1)人間が危険でないことを学んだ(タカ、トキ)。(2)食物の誘引力が強い(コウカンチョウ、カラカラ)。(3)気が強い(タイランチョウ、タゲリ)。(4)人家の近くがより安全だと知っている(スズメ、ツバメ)。

シロキツツキは、(3)気が強い部類のようだ。ある日、3羽のシロキツツキが、軒下のスズメバチの巣を襲撃した。巣はサッカーボール大、スズメバチは子育ての真っ最中である。ハチの巣は風雨には耐えるものの、鳥のくちばしにかかれば簡単に壊れてしまう。シロキツツキたちは、スズメバチの大切な幼虫を次から次へとほじり出して食べる。怒ったスズメバチたちが逆襲するが、シロキツツキたちは全く平気な様子。遠慮なく巣を壊しては、ハチの子をむさぼり続ける。


どのようにecinodermsは再現しない

当地にはスズメバチ、ミツバチ、ほか様々なハチ類が棲んでいるが、先住民ですら毒蛇やアリと並んで最も恐れるのがハチの巣である。藪や茂みの中でうっかり触れでもしたら、悲惨な目にあう。私はこのシロキツツキたちの予期せぬ行動を唖然として眺めていた。とうとうスズメバチの巣は全壊し、その破片だけが無残に地上に散らばっているだけとなった。シロキツツキたちは去って行った。スズメバチたちは悔しそうに巣の残骸の周りを飛んでいたが、やがてどこかに行ってしまった。

自然界には天敵というものがある。人間たちが恐れるスズメバチだが、その天敵がちゃんといたのだ。ところで人間の天敵は何なのだろう。ある長老者は「自分自身」と答えた。

キツツキ目 キツツキ科
シロキツツキ

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ヒカリコメツキ

パンタナールで、発光器をもつ昆虫といえば、まずホタル、そしてヒカリコメツキである。他にもあるかも知れない。数から言えば、ホタルが圧倒的に勝る。光の強さでは、ヒカリコメツキだ。

夜間、空中をふわり、ふわり、と飛ぶホタルは、光ったと思えば消え、消えたと思えばまた光る。消えた時、次にどこで光るか、なかなか予測し難いところが面白い。捕らえてみると、日本のホタルよりかなり大きい。部屋の中で放しても、穏やかに、控えめに光ってくれる。夜が明けてから見ると、黄色っぽい甲虫のようである。体をひっくり返してやると、本体はスリムである。

ヒカリコメツキは、その名の通り、コメツキムシである。体を仰向けに置くと、首を折るようにペクンと曲げて跳ね起きる。発光器は両肩と腹部中央の3ヵ所にあり、普通は肩の2個が強く光る。ホタルの光の下ではとても読書など、できそうにないが、ヒカリコメツキを10匹ほど透明なペットボトルに入れれば、何とか本を読めそうなほどだ。光らせるには、ペットボトルを軽く揺すってやる。

ヒカリコメツキを見つけるには、2個1組の光を探す。早朝、真っ暗なうちに自転車で拾い集めると良い。集めてみると、大きい種と小さな種とがある。光るのは、当然ながら命あるうちだけである。ペットボトルに草を入れてやったら、3晩は元気に光ってくれた。良い餌が分れば、もっと長生きするかもしれない。気のせいか、お腹から光を発するようになると、先が長くないようだ。

暗いところで歩かせて撮影したら光が緑色に写ったが、実際は黄色っぽい光である。

コウチュウ目 コメツキムシ科
ヒカリコメツキ

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ジャテイ蜂

超小型のハチである。体長約5mmほど。写真でその大きさを感じて欲しい。本当にハチか? Google と Yahoo! で検索してみたが、学名を使うとようやく見つかる。ジャテイ蜜に関して、その僅かな記事を読むと、花の種類によって成分が変わるミツバチの蜜と異なり、地域を問わず成分が一定しているらしい。農林水産省の「植物防疫法の規制を受けない昆虫類など」の一覧表には、『植物防疫法の輸入規制の対象となりませんが、輸入時に確認が必要な場合がありますので植物防疫所にお問い合わせください。 』と書かれている。

ハチミツの中でもジャテイの蜜は、先住民たちが最も貴重視する。健康に「すごく良い」と言う。「たいていの病気は治る」とまで言う人もいる。それは極端としても、目の病気に良いとは、誰しもが言う。またプロポリスは、「天然の抗生物質」と言われる。実質的に無医村に住む多くの先住民にとって、ジャテイの蜜とプロポリスは、多種の薬草と共に、天然の医薬品として利用されてきた。もしジャテイ蜂にに病原菌が付いていれば、日本で輸入規制の対象になることは間違いない。

ジャテイ蜜の採取は、まずハチを探すことから始まる。森に入り、アルガロボの木を良く見ると、幹にごく小さな突起状の出入り口があり、ごくごく小さなハチが出入りしている。 話は横道にそれるが、先住民たちは、おしなべて目が良い。夜目、遠目、細かい物、何でも良く見える。確かに、夜間に狭い山道や、逆にだだっ広い水路で針路を正確に見極める。はるか遠方にいるカピバラやレア(鳥)を何なく見つける。毒蛇を真っ先に見つけるのも彼らである。ジャテイの蜜を食べて目が利くようになったわけではないが、近視メガネをかけている先住民は、まずいないと言ってよい。また見慣れた物体は、より容易に認識できるとも言える。とにかく彼らの生活環境では視力が低いと不利ではある。

ジャテイはどこから蜜を集めてくるのだろう? 巣はアルガロボの木に多いが、それはアルガロボの木に空洞が多いからであろう。先住民たちも、蜜の源泉は知らないようだ。小さなハチだから、一度に運ぶ蜜の量も僅かだろう。しかし、巣の中には蜜がたっぷりと蓄えられている。勤勉者ばかりで構成された集団による人海戦術の賜物。それを人間が横取りするのだ。

ジャテイは刺さない。刺すハリを持たないようだ。野生のミツバチから蜜を横取りするときは、煙を焚かねばならないが、ジャテイの巣は見つけてしまえば、木の幹を削るだけである。斧を使ってバリバリと削る。幹を壊すといってもよい。大きく削らねば中の巣を取り出せないので、その木は大いに傷つく。もしこの方法でジャテイ蜜の採取が商業的に行われたら、森が荒れるだろう。先住民たちが自家用に細々と採取する程度がよい。ハチたちは巣を壊されても、またどこかに引っ越して巣を営むことだろう。ジャテイ蜜とプロポリスは素晴らしい天然の恵みだから、養蜂に期待したい。

小瓶にジャテイ蜜を入れて日本に持ってきたことがある。幾人かに舐めてもらったが、だれも関心を示さなかった。やがて私自身もジャテイのことを忘れかけていたある日、右目の下まぶたが痒くなってきた。鏡を見ると、腫れている。「ものもらいかな?」ここでジャテイの蜜を思い出し、痒いところに塗った。翌朝、痒みは消え、腫れは引いていた。その後の再発はない。

ハチ目 ミツバチ科 ハリナシバチ亜科
ジャテイ Yateí 学名:Tetragonisca angustula

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チョピ

チョピは、真っ黒な小鳥である。しばしば大集団を成し、黒雲があたかも生きものになったかのように飛ぶ。これは、海中でイワシの大群が泳ぐ映像と似ている。


チョピの小集団

かつて私たちのパンタナール実験農場で、水稲が初めて穂をつけたとき、チョピが集団で来てあらかた食い尽くしてしまった。それ以来チョピと、これもまた田畑の作物を好む緑のインコたちに悩まされ続けている。とにかくこの2種は数が多い。両者は連合軍のように、一つの群れになることがある。数百羽のチョピと数十羽のインコという編成である。水田を覆うネットもインコが破り、チョピが潜り込み、両者が競うように穂をついばむ。網に絡まったりして、若干の犠牲者は出る。しかし仲間の屍を見てひるむような鳥たちではない。連日通勤して食べ続け、とうとう食べるところが無くなるまで食い尽くすのである。この点、ピラニアと似ていなくもない。


チョピとインコの合同部隊

さて、ある朝目覚めると、寝室にイナゴがいた。廊下に出ると、さらに多くのイナゴ。外に出ると、何と、あたり一面イナゴばかりである。夜のうちにどこから飛んで来たのか、これは大きな被害が……しかし、私たちには強い味方がいた。いつも我が物顔に飛び回っている、タイランチョウ、カラカラ、そしてチョピたちである。有り余るほどの据え膳を、みな遠慮なく腹に収めて行く。この時までチョピは草食性だと思っていた。翌日は鳥の数がさらに増し、翌々日、イナゴは姿を消した。鳥たちを嫌って移動したのかどうかは判らない。結局、イナゴによる目立った害はなかった。

鳥たちは、虫たちの天敵である。だからと言うわけではないが、私たちはチョピもインコも駆除したことがない。元々ここは鳥や虫たちの楽園である。そこに鳥がいても、虫がいても成り立つような農法を追究しているのである。

さて、純粋に真っ黒な姿のチョピだが、その歌は美しい。 すき通った音色に多彩なメロディーをつけて延々とさえずる。タイランチョウ科の小鳥も赤、黄、白など色々な種がいるが、繁殖期以外はほとんどさえずらない。他方、アトリ科の小鳥たちには季節を問わず、にぎやかに歌う者がいる。その中でもチョピは、歌うために生まれてきたかのように、熱心に歌う。配偶者を求めて? 縄張りの宣言? 練習? そうかもしれないが、いずれも該当しないような場面がある。時には、わざわざ人が仕事をしているすぐ傍にやって来て、ひたすら美声を披露してくれたりする。「♪ねえ、聴いて、聴いて!」と訴えているようにさえ思えるほどだ。真実は、チョピに聞いて見なければ分らない。パンタナールの自然には不思議が多い。

スズメ目 アトリ科
ミゾバシクロムクドリモドキ
グアラニ名:チョピ 英名:Chopi Blackbird

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タイランチョウ

タイランチョウは、タイランチョウ科の鳥類のことで、英語で Tyrant という。専制君主という意味である。自分の気に食わない鳥が接近すると、攻撃的に追い払う。たとえ自分よりも大きな鳥であっても、果敢に向かって行くほど気が強い。 人間に向かってくることはないが、人が接近してもアトリ科の小鳥のようにさっと飛び去らないので、近づきやすい。種によっては1m以内にまで接近できるので、撮影が容易である。ここでは、短期の訪問者がほぼ確実に出会える種を挙げてみた。

キバラオオタイランチョウ
タイランチョウたちの親分のような風格がある。体が大きく、腹部が黄色であることがそのまま和名になっている。鳴き声は、聞く人にもよるが、「ビッチョクエ」と聞こえる。「虫を食え」と言っているようだ。グァラニ名は、ピトグエである。 (「虫」をスペイン語で"bicho"という)
川岸で釣りをしていると、この鳥がそばでじっと見ていることがある。釣り糸を巻くと、釣り餌を追ってくるほどだから、小魚も取って食べるのであろう。アセローラの赤い実を丸飲みするのを見たこともある。細いくちばしでは、なかなか飲み込めなくて苦労していた。なぜつついて食べないのだろう?


ウシタイランチョウ
後出のオリーブタイランチョウを優しくしたような姿である。尾の先が二つに分かれていないので、これを知れば容易にオリーブタイランチョウと区別できる。しばしば牛や馬の背に乗って、寄生虫などを取って食べる。大型哺乳類や爬虫類を恐れず、歩く人間にも付いて来ることがある。タイランチョウの仲間では、おそらく最も親しみやすい小鳥だろう。

シロタイランチョウ
白いボディーに黒いストライプ入りの翼。おしゃれでスポーティーな装いである。白いので遠くにいてもよく目立つ。タカなどの標的にならないか心配だが、白い羽根が散らばっているのを見たことはない。虫を捕らえるとき、得意のホバリングを見せる。小枝に止まって、尾をピコピコ振る姿が可愛らしい。洗濯場のもの干しロープがお気に入りの場所だ。

ベニタイランチョウ
大変よく目立つ赤い小型のボディーを持つ。メスと幼鳥は地味な色合いだが、オスは成長するにしたがい、真っ赤な色の羽が増えてくる。まるで緑の草木の中にぽっかりと咲いた赤い花のようである。バードウォッチャーたちには特に人気が高い。野山に棲む個体は警戒心が強く、何かひと工夫しないとなかなか近づきにくい。むしろ人家の付近のベニタイランチョウは人馴れしているのか、比較的容易に観察や撮影ができる。スペイン語名を「チュリンチェ」というが、その名の通りに鳴く。群れを見たことはない。 このページの下にあるバナーの図案は、ベニタイランチョウである。

オリーブタイランチョウ
胸がオリーブ色である。英語では、Tropical Kingbirdという栄えある名をもらっている。電線に止まって虫を探し、見つけるとパッと飛び立って空中で虫を捕らえ、また電線に戻る。これがアクロバットショーのようで、見ていて楽しめる。あるとき怪我をして飛べなくなったオリーブタイランチョウ(写真・左)を保護したことがあるが、ピーナッツ大ののコガネムシを旺盛に食べてくれた。丸飲みである。 残念ながら、この美しい小鳥はかごの中から盗まれてしまった。もう少しで飛べたのに、残念である。

ズグロエンビタイランチョウ
長ったらしい名だが、とても長いエレガントな尾を持つ。この長い尾は何の役に立つのだろう。ホバリングするとき、空中で長い尾がひらひらと揺れて優雅ではある。右の写真はオスだが、メスの尾もオスの半分ほどの長さがある。群れで電線に止まっているのをよく見るが、餌は地上に降りて採っている。

スズメ目 タイランチョウ科
キバラオオタイランチョウ、ウシタイランチョウ、シロタイランチョウ、他

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チグレ(ジャガー)

ジャガーをパラグアイではチグレと呼ぶ。スペイン語で Tigre と書く。この語は本来「虎」の意味だから、初めて聞いたときは、思わず「ええっ?」と言ってしまった。トラは当地に自生していないので、日常会話の範囲でジャガーとトラとを混同するおそれは全くない。

チグレは、ワシントン条約によって保護され、ヒョウ(Leopard)と共に、絶滅危惧生物の中でもひときわデリケートな取り扱いを受けているように見える。剥製や毛皮、腰巻などは、ライオンのそれ以上に「ご法度」のイメージが強い。より美しい分、人気が高く、密猟や密輸を厳しく取り締まる必要はあるだろう。

残念ながら、チグレを「やむを得ず殺した」という言い訳を、安易に許さない仕組みはできていない。チグレは牧場に来て牛を狩ることがある。人間が森林や原野(破壊された森林を含む)を牧草地化すると、野生生物の縄張りは狭められてしまう。困ったジャガーは、銃口の危険を冒して子牛を狩る。一度狩に成功して味をしめると、リピーターとなる。牧場主は成長すれば1頭数百ドルになる財産を繰り返し奪われることは避けたい。さらに、人間とチグレが出くわせば、金銭の問題だけではなくなる。そこで一旦チグレの襲撃があると、「前科」者の再犯防止策を立てる。自分が法を守っても、法が自分の財産を守ってくれるわけではない世界では、常識のようなものである。

通常の防止策は、牧場に近づいたチグレを射殺することである。潅木の藪を高速で走り抜けることのできる訓練された小型犬を数頭使ってチグレを追い詰めて行く。持久走があまり得意でないチグレは、やがて高い木に登る。そして銃で撃ち落される。これを非難する人は、地元には誰もいない。

チグレを殺すよりも、チグレを殺さないほうが儲かる仕組みができるまでは、こうした慣習は続いて行くことだろう。しかも、人類が牛肉を消費すればするほど、牧草地は拡大し、森林は減少する。つまり、これは単にジャガーの絶滅を防ぐだけの問題ではないのだ。

野生のチグレを見たい観光客をガイドするために、チグレの首にGPSを取り付けることがある。生きたチグレにGPSを取り付けるには、麻酔銃が使われる。どうしてもチグレを「撃ちたい」客がいれば、高額の料金を支払うことにより、「保護目的」で撃たせてくれるのだそうだ。もちろん、ただ見るだけの客からも料金を取る。このようにして得られた収益金が、チグレをはじめとする野生生物の保護に役立つであろうか? 信頼のおける公的機関が厳重に管理しながら実施するのなら、その可能性が少しはあるかもしれない。

ちなみに、ピューマは、レオンと呼ぶ。

食肉目 ネコ科 ヒョウ亜科
ジャガー

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貨客船アキダバン

パンタナールの空のように、青と水色と白に塗られた木造船。パラグアイ川左岸、コンセプシオンを母港として、上流のボリビア国境に近い町、バイア・ネグラまで毎週1回往復する。アルトパラグアイ州都のフエルテ・オリンポ以北では唯一の定期船として、住民の貴重な足となっている。スペイン語で、AQUIDABANと書く。日本人の脳には「秋田ばん」と響くかも知れない。

アルトパラグアイ方面の陸路は道路状況により、利用できない期間がある。未舗装区間が多く、雨季はぬかるんで、しばしば通行止めとなる。乾季は増水季に当たり、地盤が湿っているので、時として降る雨で、やはり道路が泥沼化する。つまり旅程が確実ではない。最悪の場合、道路で立ち往生になりかねない。

空路は出発地と到着地の滑走路がぬかるんでいないことが必須条件である。飛行コースが悪天候なら、もちろん飛ばない。そもそも、時間はあるけどカネのない一般庶民に空の旅は向かない。

このようなわけで、パンタナールで最も確実な移動手段は、船である。自家用のボートを所有する者はごく限られているので、貨客船アキダバンの存在意義は大きい。運賃は全行程乗った場合、片道約20ドルである。上りはコンセプシオンを火曜の午後出航し、バイア・ネグラに金曜日の未明到着。 下りはバイア・ネグラを金曜日の午前に発ち、日曜日の早朝コンセプシオンに着く。貨物の量、気象条件、沿線の社会事情などにより、半日程度の遅れは珍しくない。この地方では、約束の時刻に遅れたら、「船で来たので」といえばOKである。

アキダバンは、移動マーケットでもある。船内の1階は、食料品や日用雑貨を売る行商風のおばさんやお兄さん、お姉さんたちが、市場のようにびっしりと商品を並べ、あるいは天上に吊るしている。寄港地の住民たちは、アキダバンの到着を待ち構え、接岸すると一斉に船に乗り込んで買い物をする。その雑踏の活気と熱気は、さながらお祭りのようだ。

アキダバンで何が買えるか見てみよう。

ジャガイモ、サツマイモ、ニンジン、ピーマン、キュウリ、トマト、タマネギ、リンゴ、オレンジ、グレープフルーツ、バナナ、パイナップル、スイカ、その他の野菜や果物。

玉子、冷凍鶏肉、牛肉、ハム、ソーセージ、ミルク、チーズ、マーガリン。砂糖、塩、香辛料、菓子、清涼飲料水、アルコール飲料、タバコ、コーヒー、マテ、パン、パスタ、米、小麦粉、ほか保存食材。

石鹸、シャンプー、カミソリ、マッチ、ろうそく、灯油、液化ガス、ノート、ボールペン、歯ブラシと歯磨き、アスピリンなど常備薬、衣料品、化粧品、トイレットペーパ、など。

荷主の依頼で運ぶ貨物もある。ガソリン、軽油、セメント、鉄筋、木材、家具、冷蔵庫、自動車、バイク、自転車、生きた家畜、など、船に乗せられる限り、ほとんどのものは運んでくれる。手紙や現金も送れるのはありがたい。郵便サービスの守備範囲外なのである。

パラグアイ川の水位は季節による変化が大きい。川底の状態によっては、接岸時に座礁しかねない。操舵士は季節ごとの航路と接岸ポイントを熟知し、多少の強風や暗闇でも巧みに船を操る。船底は丸みを帯び、スピードはあまり出ないが走りに安定感がある。波の静かなとき、青い水に映った青い空の上を滑るように進む。時にエンジントラブルがあっても、大きな事故はない。まれに他の船に引いてもらって走ることはあるが、欠航は少ない。

現在、上パラグアイ川沿岸の庶民の足を独占しているアキダバンだが、今世紀初頭までは、同じ区間をカルメン・レティシアという貨客船が運行されていた。これが老朽化して廃船となるまでは、週に2便あったのだ。カルメン・レティシアの名から私は、聖女か美女のような船姿をイメージしたが、現実の彼女は内から見ても、外から見ても美しくなかった。彼女を見た後で、アキダバンを見ると、すごくましな船に思えた。「豪華客船アキダバン」という半分茶化したニックネームはその時のものである。

アキダバンで旅をするなら、ベッドシーツ、蚊取り線香、ハエ叩き(ゴキブリを叩く)、南京錠(ドア用)、飲料水などの携行をお奨めする。船室の手配は、2階厨房の体格の良いコシネーロ(料理人)に頼む。

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